はじめに
ASBJは2026年10月16日、改正企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」等を公表した。2025年10月に公表された公開草案を最終化したもので、予想信用損失に関する適用指針第36号と補足文書も公表された。
適用は2030年4月1日以後開始する事業年度の期首からとなり、2027年4月1日以後開始する事業年度から早期適用も認められる(金融商品会計基準第41項(9)(10)、ASBJ解説)。
最終基準では、公開草案の基本方針や骨子を維持しつつ、取扱いの変更、選択肢の追加、実務上の判断に関わる明確化が行われた。本稿では、新基準の全体像ではなく、公開草案から何が変わり、実務上どのような意味を持つのかに焦点を当てる。あわせて、一般事業会社が確認しておきたい点を整理する。
1.SICR判定:個別の債権等の状況を反証に反映
主な変更の一つが、信用リスクの著しい増大(SICR)に関する反証単位の拡大である。
簡素化された方法では、正常先のうち要判定格付に該当する場合、債権等の発生以降に信用リスクが著しく増大したと原則としてみなされる。公開草案では、この取扱いに対する反証は債務者単位に限られていたが、最終基準では、個別の債権等の単位でも「信用リスクが著しく増大していない」と反証できるようになった(予想信用損失適用指針第58項(2)及びBC104項、審議事項(3)-2 別紙(1)①)。
同じ債務者に対する債権であっても、発生時期などによって、当初認識時からの信用リスクの変化は異なり得る。今回の変更は、債務者の現在の格付だけで一律に扱うのではなく、個々の債権等の状況を判定に反映する余地を広げるものといえる。
あわせて、要判定格付とその他要注意先に関する反証方法を示す補足文書に、反証方法が追加された。反証を行う場合には、債権等の発生の認識以降のデフォルト発生リスクの変動に基づいて判断する必要がある。債権等単位での反証には、債権ごとの発生時点の信用リスク情報を保持する必要があり、実務では、判定単位とそれを裏付ける情報の管理が検討事項となる。
2.償却原価:満期保有目的の債券の計算方法に選択肢を追加
満期保有目的の債券に適用する簡便法は、公開草案では簡便法が定額法に限られていたが、最終基準で利息法が加わった(金融商品実務指針第70項)。従前から認められてきた金利差額調整法の利息法・定額法は、継続適用を条件に、企業の選択により簡便法として引き続き使える。現在、利息法または定額法で処理している企業は、従来の方法を継続できるため、この点での実務対応は限定的となるであろう。
また、実効金利法を採用する場合の売却原価を先入先出法で算定するとの記載は、IFRS 9との整合を重視した対応として削除された(同第71項、審議事項(3)-2)。従前は、利息法を採用する場合に先入先出法とされていた。
一方、実効金利法を適用する場合については、定義が「実効金利を用いて複利で各期に配分する方法」と整理された(同第57-2項)。さらに、手数料を実効金利の計算に含めず、収益認識会計基準に準じて処理するための要件について、「手数料の水準が不合理ではない」ことが明確にされた(同第57-10項)。なお、現行基準からの変更点は、実務指針の改正点一覧で確認されたい。
計算方法として簡便法を継続するか実効金利法を採用するかを選択した上で、実効金利法を採用する場合には、関連する手数料をどのように処理するかについても、契約内容と照らした確認が必要となる。
3.予想信用損失の算定:簡素化しても損失発生の可能性は反映
予想信用損失の割引については、主に次の点が明確にされた(適用指針第47項・第48項)。
- 取得価額から貸倒引当金を控除する債権(典型的には、重要な金融要素を含まない売掛金等)については、割引を行わない。
- 約定金利の使用は、簡素化された方法の特例ではなく、原則的な定めに位置付ける。
- リース債権には、リース適用指針第33号の会計処理で使用する割引率と同じ率を用いる。
実務上は、債権の種類ごとに割引の要否と使用する率を整理する必要がある。売掛金等は割引不要、貸付金は実効金利または約定金利、リース債権はリース適用指針第33号の割引率、という整理になる。
シナリオの取扱いについても明確化された。簡素化された方法で、最も可能性の高い中心シナリオのみを考慮する場合でも、信用損失が発生する可能性を反映しなければならない。信用損失が生じないシナリオだけを採用することは認められない(同第43項・第64項)。
つまり、最も起こりそうな見通しでは回収できると考えられる場合でも、それだけを理由に予想信用損失を一律にゼロとすることはできない。シナリオを簡素化することと、損失が発生する可能性を考慮しないことは区別する必要がある。
オーバーレイ調整についても、結論の背景において、簡素化した方法による結果が明らかに実態と異なると企業が判断する場合には、原則的な方法と同様、中心シナリオによる予想信用損失に対して行うことが考えられるとされた(同BC119項)。
4.開示:最大エクスポージャーの算定対象を整理
信用リスクに対する最大エクスポージャーを最もよく表す金額について、公開草案では、債権等のすべてから予想信用損失引当金を控除することとしていた。最終基準では、控除対象が債権と満期保有目的の債券に限定された(予想信用損失適用指針第89項(1))。これは、IFRS 7との整合性を図る修正である(2026年9月17日審議事項(3)-2 第9項(1)②・第10項(2))。
また、最大エクスポージャーとしてコミットメント全額を示す貸出コミットメント等は、「契約期間にわたり取消不能なもの」であることが明確にされた(適用指針第89項(3)、審議事項(3)-2 別紙(3)⑫)。
なお、貸借対照表上、債権及び満期保有目的の債券は貸倒引当金控除後の価額となる(金融商品会計基準第14項・第16項)。一方、貸出コミットメント等は、予想信用損失の金額が貸借対照表価額とされ(同第26-3項)、その表示は、結論の背景において、引当金として取り扱い、予想信用損失引当金などの適切な勘定科目で表示することが考えられるとされた(同第90-5項)。この表示の考え方は、公開草案では明らかでなく、最終基準で結論の背景に追加されたものである(審議事項(3)-2 別紙(3)②)。
5.一般事業会社は何を確認するか
ここまで公開草案からの主な変更点を取り上げた。最後に、公開草案から維持されている取扱いも含め、一般事業会社が適用に向けて押さえておきたい点を整理する。
一般事業会社では、まず自社の売掛金、貸付金、保有債券などに、どの取扱いが関係するかを整理することが出発点となる。特に確認しておきたいのは、次の点である。
売掛金の貸倒実績率をそのまま使えるとは限らない
貸倒実績率を用いる場合も、適用指針第49項から第51項に従った調整が必要となる(同第38項)。過去の貸倒実績だけでなく、現在の状況や将来の経済状況の予測を反映するため、必要な調整内容と、そのために用いる情報を検討する必要がある。
簡素化された方法の適用には、信用リスク管理の実態を確認する
金融検査マニュアルを踏まえた債務者区分、またはこれと同等の信用リスク管理を行っている場合、SICR判定と予想存続期間に関する簡素化を適用できる可能性がある(同BC94項)。
一般事業会社であることだけで適用の可否が決まるわけではない。自社の取引先区分や与信管理が、基準の想定する管理に該当するかを確認したい。
全期間の予想信用損失を用いる対象と選択肢を確認する
収益認識会計基準の範囲に含まれる取引から生じた重要な金融要素を含まない受取手形・売掛金等は、全期間の予想信用損失で算定する(金融商品会計基準第28-4項)。
一方、重要な金融要素を含む受取手形・売掛金等と、リースにより生じた債権については、全期間の予想信用損失で算定することを、それぞれ独立して選択できる。さらに、リースにより生じた債権は、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースの区分ごとに選択することも可能である(同第28-5項)。
自社が保有する資産について、全期間の予想信用損失による算定が必須となるものと、会計方針として選択できるものを区別し、採用する方針を整理する必要がある。
契約資産・リース投資資産も対象となる
契約資産にも、金融商品会計基準における受取手形、売掛金等の取扱いに準じて、予想信用損失の定めが適用される(収益認識会計基準第77項、金融商品会計基準の結論の背景第68-2項)。収益認識会計基準第77項は、公開草案では改正の対象とされていなかったが、最終基準で改正された(審議事項(3)-2 別紙(3)35)。
また、リース投資資産のうち、将来のリース料を収受する権利に係る部分は、リースにより生じた債権の定めに準じて処理する(同結論の背景第68-4項)。この取扱いは独立して選択でき、開示もリースにより生じた債権に準じることが、最終基準で明確にされた(リース会計基準BC57項、別紙(3)36)。適用対象を整理する際には、売掛金や貸付金だけでなく、これらの資産も含めて確認したい。
おわりに
今回の最終化では、公開草案の骨子を維持しながら、判定単位や計算方法、開示の集計範囲など、実務に関わる修正が加えられた。
企業にとっては、まず自社が保有する債権等について、適用する算定方法と選択可能な取扱いを整理することが必要となる。そのうえで、現在の与信管理や貸倒実績のデータで対応できる部分と、追加の情報収集や計算対応が必要な部分を明らかにしたい。
公開草案に基づいて準備を進めていた企業では、今回の変更が、判定手順、計算方法、開示資料の作成に影響するかを確認することが当面の対応となる。